シンパシー『sympathy』とエンパシー『empathy』。どちらも私たちにとって、とても大事で必要な力ですね。
音も似ているし、日本語の訳だけ見るとどちらも共感となり
とてもわかりにくいですね。
この二つの言葉の違いはなんだろう?
今世界で起こっている対立を日本から見ているとこの二つの言葉がとても深く突き刺さり考えてみました。
まずは、それぞれの言葉の意味から調べてみました。
意味:シンパシー vs, エンパシー
いろいろな辞書で調べると
シンパシー:英語の『sympathy』のカタカナ語
エンパシー:英語の『empathy』のカタカナ語
例文:シンパシー vs, エンパシー
シンパシーの例文
・The president has send a message of sympathy to the relatives of the dead soldiers.
・I have absolutely no sympathy for people who get into debt by overspending.
エンパシーの例文
・The president tried to have empathy to the relatives of the dead soldiers.
・I tried to have empathy for people who get into debt by overspending.
要約
身近なシチュエーションで考えてみると
例えば
知り合いが職場で嫌がらせ(一般的によくあるケース)をされたと聞いた時
「わかる~。辛いよね」って思わず口からこぼれ、自分も辛くなりますよね。それがシンパシー。
シンパシーを感じられる人とはすぐに仲良くなれますね。
一方
知り合いが上司と喧嘩してぶん殴って速攻会社を辞めたと聞いた時
ちょっとビックリしますね。でも相手の今の状況を思いやって、
「そうだったんだね。辛かったんだね。話聞かせてよ。」とすぐには知り合いの行動は理解できないけれど、相手の立場や状況を想像して思いやりの言葉をかけますよね。そして、どうにか理解しようとしますね。それがエンパシーですね。
エンパシーとは、例え価値観が違う相手でも批判や判断をするのではなく、
相手の気持ちを想像してわかろうと努力し寄り添う力ですね。
体験:シンパシーは持てないけど、エンパシーはもてること
歴史きらいから歴史好きに
学生時代は歴史に興味が持てませんでした。なぜなら歴史って結構戦いの軌跡が多いなって思っていて戦いの過去には興味がない。未来だ!未来を切り開くんだ!とか思っていたのでどうしても歴史上の人物に感情移入ができなかったんですね。
でも、社会人になり組織の中で自分の意思・思考・価値観とは違うことでも、その組織のためにしないといけないことが沢山あり葛藤していた時に過去の歴史の偉人たちの言葉が響きました。
きっと歴史上の人々も戦いたくて戦った人は全体の数パーセントで、残りの人は属する組織のために戦い自分自身の良心や葛藤に苛まれているんだろうなと想像できるようになりました。
私自身戦っている人にシンパシーは感じることはできないけれど、エンパシーは持つことができるようになったということでしょうか。
シンパシーは自然にわきあがる感情の働きであるものに対し、エンパシーは同じような経験から相手の感情を想像して思いやる知的な思考の作業であるといえると思います。
たとえ全く同じ経験をしていなくても、似たような自分の経験から相手の立場や感情を想像し理解しようとするとする力や思いやりだと思います。
シンパシーは人が本来持っている力で、エンパシーは努力して経験から学び取っていく力だと言えますね。
いろいろなことを経験してエンパシーを感じられる人になっていこうと思います。
そして、戦いをおこしている人自身が他の人へのエンパシーを磨き世界の紛争がなくなればいいのに!と今日も何かに熱くなっているアルパカでした。
おっと!熱くなっている時点でエンパシーの欠如でした。
なぜならエンパシーの大事な要素が『Not judging』判断や批判をしないこと、ただただ相手の立場にたって気持ちに寄り添い問題解決を考えることです。知的な作業ですね。まだまだ努力がつづきそうです。
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